一般的な批評とか感想とかは事実を適示したうえで行われるものですから、基本的には名誉を棄損することが多いわけです。最近は何かというと「法的措置」と騒ぐ人が多くなりましたが、表現の自由という権利は今後は大きく抑制されていくような気がしますね

最近は何か気にいらない表現があると、すぐに「法的措置」を執ると騒ぐ人が多くなってきたようだ。手当たり次第に訴訟を提起したステマ屋と欠陥弁護士のおかげかどうかは分からないが、誰でも自由に情報発信できるネット社会になったわけであるが、今後はお行儀のよい言葉でしか物事を語れない時代になるのかも知れない。

 表現を生業にする者らは、批評されることは当然であると思うのであるが、今後は「つまらない」「何が言いたいのかわからない」などと書き込めば、「法的措置」に発展する可能性が高まってきたと思うのである。

 一般的な批評とか感想というのは、基本的に事実を適示したうえで行われるものであり「つまらない」「くだらない」「自己満足」などと批評することは、社会的な評価を低下させることは確かであろう。しかしながら、そんな事でいちいち裁判などを起こして、たとえ請求がいくらか認容されたとしても、表現者としてはみっともない行動のように思うのである。

 弁護士が訴訟提起のために名誉棄損的な表現を引き出すために「炎上」を自ら企図するような言動を行う時代になったわけでわり、そんな、まさに言論上の「当たり屋」みたいな連中が発生してきたわけであるから、単純に「誹謗中傷は許さない」というお話だけではすまなくなってきていると思われ、絶対被害者を広告塔にして、「誹謗中傷」問題を語るような弁護士などは全く表現の自由を考慮しない「商売人」でしかないと思えるし、侮辱罪を厳罰化したことは言論統制とは言わないが、自由な言論を委縮させる効果が高いことは間違いないと思うのである。

 つまらない情報発信や、身体生命に危険をもたらしかねない「エセ医療」に対する批判や、議論の過程の中の強い表現を「誹謗中傷」と捉えて、賠償請求を行うというのは今までは考えられない事であろう。ネット社会となった現代社会における「名誉棄損」とか「侮辱」というのは、どんな表現であるのかを国民的に議論を行うべきであり、ウェブ上の言論が「行儀よく」「当たり障りのない」表現しか許されないようになることを防ぐべきであると思うのである。

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