「敵性語」を全て言い換えさせた先の大戦中の非科学的な心理に通じるような「ロシア語を見ると不快だ」という主張 そんな主張では何も世の中変わらない事に気付くべきでしょう。「不快」を許容できる器量こそが「多様化」であり「大人」の対応というものです

産経新聞は15日付で『JR恵比寿駅、ロシア語案内が復活 「戻すのが妥当」』として以下の記事を配信した。

JR東日本が恵比寿駅(東京都渋谷区)のロシア語の乗り換え案内を非表示にしていた問題で、同社は15日、案内を復活させた。14日夜に問題が報道された後、交流サイト(SNS)で「言語に罪はない」などと同社の対応を批判する声が広がったことを受け、再掲示に踏み切ったという。

同駅のロシア語案内をめぐっては、ロシアのウクライナ侵攻以降、複数の利用者から駅員に、「ロシア語表記は不快だ」との苦情が寄せられたことなどから、今月7日以降、「調整中」と書かれた紙で覆い、見えないようにしていた。

同社の担当者は「さまざまな声をいただき、最終的に案内を元に戻すのが妥当と判断した」と話した。

ロシア語案内は、東京五輪・パラリンピック開催による訪日外国人の増加が見込まれたことから、平成30年ごろに設置した

引用以上

 ロシア語の看板を「不快」と感じても、苦情を申し入れるという神経は全く理解できるものでは無い。ロシアがウクライナに進攻したことが事実であるが、全てのロシア人に責任があるわけでもなく、兵士たちは命令に従っているだけの事であり、ましてや言語になど全く罪は無いわけだ。

 こんな報道を見ると、先の大戦時の我が国の愚かな言語政策を想起してしまう人も多いだろう。本来は交戦国の情報を得るためには積極的に交戦国の言語や文化を学習する方が良いに決まっているわけだが(実際連合国側はそうした)、我が国は「敵性語」の使用を禁止し、外来語をわざわざ日本語に言い換えさせたのである。そればかりでなく、人名までも日本人風にまで変えさせたわけであり、(スタルヒンとか、芸名ですがディック・ミネなど有名ですね)そんな何らの効果のない事を行い、戦意高揚を図っていたわけである。

 「鬼畜米英」などいうスローガンもあったが、相手を鬼畜と罵るよりは、相手を深く分析する必要があったわけであるが、現代においてもロシアを「鬼畜」と扱うような言説も多いようだ。ロシアのウクライナ侵攻には一分の理も無いとしても、ロシア人すべてが「鬼畜」であるかのような考えを持つような人も多いわけであり、先の大戦時とあまり我が国の国民のメンタリティーは変わらない部分もあると感じてしまう。また、つまらん苦情を受け入れたJR東日本にも呆れるしかないとも感じている。

 人間誰でも、好きなものや嫌いなものがあるわけであり、嫌いなものを見せるな!という主張はあまりにも大人げない対応だと考えている。自分にとっては嫌いなものでも、そういうものを好きな人もいるわけであるし、不快なものを許容できる器量を持つことが「大人」であると筆者は考えるからだ。明らかに社会に害を与えるような表現であればともかく、不快なものを片っ端から「撤去しろ」「見せるな」という主張は、自分にだけ快適な社会を求めたいという意思であると捉えるのが妥当であろう。(そんなステマ屋もいますね)

 人間、それぞれの立場や思想も嗜好もあるわけであり、自らの立場だけが「正しい」と主張するのはプーチンと変わらないわけである。「不快」を許容することができてこその「多様化」であることを認識するべきだと思われるのである。

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