人間は必ず死ぬということを理解できない幼稚な人間が増えていますね カネの亡者も死を直視できない者ばかりです

ふじみ野市における、医師を散弾銃で射殺したうえで立てこもりをしていた男のニュースを見ていると、高齢者になっても自立できない男と孤独に耐えられない人間たちが増えたことを切実に感じる。

 中高年の男たちが、実家に住んで母親に家事一切をやってもらい、そのような生活に疑問も抱かず、生活のための家事などは一切できずに爺さんになっていくわけだから、母親が病気になったり亡くなったりすれば、それは痛手になるだろう。母親が死ぬことを受け入れられず、インターネットとかで仕入れた知識で医療関係者を逆恨みしての犯行と思われるが、弁護士にとっても他人ごとではないだろう。

 共同親権の実現を、愛想尽かされた相手との接触(説教か?)のために声高に叫び、自分の意見と反対である事務所の前まで行って集団で大声をあげて騒ぐような連中たちも基本的には殺人予備群であろう。実際に家裁で殺人事件が起きたり、離婚事件を取り扱った弁護士が相手方に殺された事件もあるので、特に別れた相手方に異常な執着心をもつ相手方には用心しておいた方が良いだろう。

 そのほかにも、思い通りの解決に至らなかった場合には「弁護士が悪い」「俺のいう事を聞かないからだ」「ネット上ではこのような判例がある、お前のミスだ」と騒ぐ依頼者も確実に増加しているだろう。当たり前だが弁護士が何らかの係争の解決を図る際には、係争の問題点をシンプルにして解決についての交渉(訴訟も含め)行うわけだが、このようなキチガイのような依頼者はなぜか自己肯定感が異常に高く、弁護士より俺のほうが知識があると思い込み、係争の要件ではない事情とも言えないような相手方を攻撃するだけのエピソードを主張してくれと騒ぐものなのである。まともな弁護士であれば、そんな事は役にも立たん話だと切り捨てるわけだが、そのような態度を不服に感じる者も多いようだ。弁護士に器量があれば、このような連中の説得も可能かもしれないが、なまじ真面目な弁護士だと真剣に法理を説いてしまうので、かえって火に油を注ぐことになるわけだ。現実論で言えば絶対に依頼を受けてはいけないような危険人物は存在するわけなのである。

 自分の思いどおりにならなければ、「騒ぐ」「苦情を繰り返す」連中は多い、そんな連中は老若男女問わず存在し、確実に増殖が進んでおり

・飲食店で偉そうに振る舞い「カネを払っている客に隷属」を求める

・コンビニなどで外国人の店員を怒鳴る「日本語ができないなら日本に来るな」などと述べる

・何をするにも待てない

・やたらと怒鳴る

人間を見かける機会が確実に多くなってきたことは確かであろう。そんな人間をまともに相手にして逆恨みされ殺されるなど割に合うはずもないのだから、医師や弁護士に限らず「キチガイ」には関わらないという事が大事だろう。そんな連中にも「生命」も「権利」もあるのかもしれないが、自意識だけ異常に肥大した人間を相手にするのであれば、相当な労力と精神的な負担が予想され、誰もこんなキチガイとのトラブルについて助けてくれるわけでもない訳だから、「あんたはキチガイだから、出入り禁止!文句あるなら警察いけ!」という対応で統一すればいいのである。

 振り込め詐欺などの特殊詐欺に関与する若い連中は「友情」とか「仲間」とほざき、中高年は「仲間」「一蓮托生」とか騒ぎ、まったく孤独についての免疫がない、何かといえば群れる連中ばかりである。「ローンウルフ」みたいな人物はすでに絶滅したのかもしれないが何かといえば「仲間」「先輩・後輩」と熱いふりをして話すような人間など信用してはいけないのである。人間は、必ず一人で死ぬのである。誰かを道連れにするとか腐った根性がどのような形成されるのかは不明だが、死にたい奴は切腹でもして欲しい。  自分の死すらも客観的に俯瞰するような精神こそが真の強さであると思うが、その強さを得るためには「孤独」と付き合える・楽しめる精神が必要なのである。そんな精神を持てず、「家族」「仲間」「トモダチ」がいないと何もできないという人間には近寄らないほうが無難であることは、間違いないのである。

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