何が日本の象徴だ!と一番言いたいのは内親王殿下と小室君ではないですかね?皇室に生まれた人たちの人権を無視して成り立つ天皇制について、よく考える時期に来ているのではないかと思います

いい年をしたオッサンなら、亜無亜危異(アナーキー)の東京イズバーニングという曲をしている人もいるだろう。

(2) 東京イズバーニング – YouTube

 この曲は天皇制の批判というよりは、曲が発表された時代のノリで、クラッシュの曲を利用した替え歌であると理解している。

 この曲に現在一番共感を示すのは、火中の内親王殿下と小室君ではないだろうか。「ただその家に生まれただけで、何が日本の象徴だ!」と叫ぶこの曲であるが、象徴の一族であるがゆえに、本来は「両性の合意」のみで良い結婚について周囲からあれこれ言われたりすることないわけであり、結婚する相手が犯罪者であろうとクズであろうと何も言われることはないわけであるが、皇族という立場ゆえに、様々な批判がなされるわけであるから、お二人とも「東京イズバーニング」に共感するのではないかと思う。

内親王にしても小室君にしても「2人の結婚は自分たちで決める周囲がガタガタいうのは憲法を理解していないからだ」と言いたいだろう。小室君は米国の資格とはいえ、弁護士になろうという人なんだから、当たり前だが日本国憲法ぐらい勉強なさっているわけであり、そんな思いは強いのであろうと思われる。

内親王が一時金を辞退しようが、多くの国民がお二人の結婚を心から祝福することはないと思われるので、今後もお二人の行く末が心配であり、アメリカに移住したとしてもマスコミなどに追い回される可能性もあり、今後の生活もご心配である。

小室氏の外見や態度を批判する報道を論う報道意見も多いが、あのようなやんごとなきお方と契りを結ぶ人にも、それなりの覚悟はおありだと思うので、多少の報道は仕方ないだろう。小室君の報道を批判する人たちには、「天皇制」という皇室に生まれた人たちの人権を無視して成り立つ天皇制についてどう考えているのか教えて欲しい。婚姻の自由はあるかもしれないが、少なくとも職業選択の自由も無い皇族たちは、不自由を許容し皇族である義務を果たせ、それが「象徴」である皇族の務めであるという考えなのであるか知りたいところだ。

「天皇制」について不満を抱いた皇族方も多いであろう。昭和天皇や上皇陛下にしても今上陛下にしても、そのような葛藤を乗り越え昇華させ、国民に寄り添う皇室を形作って来たわけであろう。

天皇制は「聖性」を維持する装置であり、天皇は基本的には「人」ではなく「神」であったからこそ、「聖性」が存在したわけである。戦後の「人間宣言」以降は人間としての象徴天皇制であるわけであるが、三島由紀夫の「英霊の聲」の「などてすめろぎは人間となりたまいし」という悲痛な叫びにも共感をする人も多いと思われる。

「聖性」への憧れ、「聖性」に基づく潔癖さ高貴さには誰でも憧れる気持ちは多少はあるだろう。そのような「聖性」を破壊しかねない人物と皇族の結婚という事態に多くの国民が惑いを感じているのではないだろうか。小室君が内親王をしっかりと守り、「俺の母親がタカリだろうが、クズだろうが俺たちの事には関係ないだろ!」「俺だって好きな人と結婚するだけなのに、いろいろ言われて迷惑だ。二度と皇室と俺も妻も関わらないから放置でお願いします」と言って「ただその家に生まれただけで」と東京イズバーニングを記者会見でシャウトしてくれれば、2人の結婚を祝福する国民が増加すると思うので、ぜひ参考にして欲しい。一般人として、皇室と関わらずに生きていく2人のことは報道する必要も今後は無いし、自由を求める2人が今後離婚しようと生活が破綻しようと大きなお世話なのである。自分たちで今後の人生を作っていくわけだから何かの支援などは2人とも拒絶するだろう。実際に一時金も辞退するわけであり、彼らは積極的に自分たちの自由のために国・宮内庁からの支援など拒絶するに決まっているのである。

国民は天皇制という「聖性」の維持について犠牲を強いられる人たちがいることも考えて、今後の天皇制のあり方についての議論を行うべきであると筆者は考える。

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