日弁連が死刑廃止の要請書を10月23日付で公開しています。死刑廃止は世論だけで決めるべき問題ではないと極めて前衛的な意見を述べておられますが、日弁連の総意でないことも確かでしょう

 日弁連は23日付で法務大臣あての「死刑制度の廃止を求める要請書」を同連合会のウェブサイトで公開している。

【参考リンク】

死刑制度の廃止を求める要請書

まぁ弁護士の中にも死刑廃止に異論を唱える人も多いわけであるが、なぜかしらこの手の声明は日弁連の総意みたいに勝手に出されるわけである。

 同要請書の「国民世論について」という項を以下に引用するのでご確認頂き、この要請書が「死刑廃止は世論だけで決めるべき問題ではない」と極めて前衛的な意見を述べておられることをご確認いただきたい。

4 国民世論について

政府は,国際機関からの意見に対して,死刑に対する国民世論の支持をもって説明してきた。本年1月17日,死刑制度に対する意識調査を含む「基本的法制度に関する世論調査」の結果が公表されたが,確かに「死刑もやむを得ない」と回答した者が80.8%であった。しかし,そのうち「状況が変われば,将来的には,死刑を廃止してもよい」との回答は39、9%にも上っており,これを考慮すると,賛否が拮抗しているという評価も可能である。また,仮釈放のない終身刑が新たに導入されるならばどうかという問いに対しては,「死刑を廃止する方がよい」と回答した者が35.1%,「死刑を廃止しない方がよい」と回答した者が52.0%であった。また,死刑についての情報公開が極めて不十分であり,このことが世論に影響している可能性も指摘されている。

もっとも,死刑廃止は世論だけで決めるべき問題ではない。世界の死刑廃止国の多くも,犯罪者といえども生命を奪うことは人権尊重の観点から許されない等との決意から,政治や行政機関の主導により死刑廃止に踏み切ってきた。

 国民の約8割が「死刑もやむを得ない」と述べながらも無茶苦茶な論理で死刑廃止の賛否は「拮抗している」という評価も可能であるとの結論に導き、さらに死刑についての情報公開が不十分だから愚昧な国民が死刑廃止に反対しているんだよと言いたいように筆者には思える。そのうえで死刑廃止は世論だけで決めるべき問題でないと断じて、犯罪者といえども生命を奪うことはできないという人権尊重と述べるのである。

 一番大事にされるべきは、被害者やその遺族の人権であり、そのような被害者らの素朴な処罰感情にどう応えるかという事だと筆者には思えるのであるが、被害者らの人権よりも「死刑廃止」が優先されるように思われる帰結には全く納得ができないのである。

 このような意見が日弁連の総意ではないことは、すでに周知の事実である。世論を無視した死刑廃止論など誰も見向きもしないだろうし、このような要請のおかげで、日弁連の望む死刑廃止論は国民がさらに支持しなくなることも確かであろう。

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