弁護士広告の変遷の経緯2 広告解禁初期の弁護士広告

 

2000年に弁護士広告が解禁されると、まずは交通広告(電車やバスの中づりなど)に債務整理の広告が多く掲載されるようになった。そのような弁護士広告と同時に多重債務者救済の任意団体などの折込チラシによる集客も行われていた。

この弁護士広告の主は主に整理屋が使っていた高齢の弁護士らであり、まともに債務整理などをせずに、依頼者から毎月送金される、返済の原資や手数料をそのままカッパライしていた者も多かったようだ。その好例が金丸弘司弁護士が債権者破産を申し立てた例であろう。

 

【参考リンク】

弁護士が破産申し立てられる…借金返済用の金流す?(読売新聞)

 

この頃には整理屋グループのコスモや明神が全盛を極め、そこから独立して弁護士を抱え込み債務整理を行う者も増加した。この整理屋グループは、債務整理の「OA化」を進めて、顧客管理をアクセスベースで作成したりすることも行い、債務整理について良い面でも貢献もあったことは事実である。この2000年代初頭は、まだインターネットが今ほど普及していない時代であり、旧態依然とした紹介屋や「一本化」による弁護士への送りもまだ続いていたのである。

この時期になると、サラ金から名簿を持ち出して勧誘などを行うことが大っぴらになってきた。ただし、まだこの時期は「過払い」狙いではなく、月々の依頼者からの支払いをあてにしての商売であった。

すでに桑原時夫弁護士が、この世界では成功例として確立し、その一方で宇都宮健児弁護士らの「クレ・サラ被害」対策のグループも積極的な活動が報道されるようになっていた。

どちらも「任意団体」「政治団体」より依頼者を送り込まれていたのは事実だ。

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