東京ミネルヴァ法律事務所の破産についての会長談話 預り金の保管状況に不審な点があったと分かった時点で事実関係の公表をすべきだったのではないでしょうか?

第一東京弁護士会は24日付で弁護士法人東京ミネルヴァ法律事務所の破産開始決定について以下の会長談話を公表した。

 

当会所属の弁護士法人に関する会長談話

 本日、当会は、弁護士法人東京ミネルヴァ法律事務所(当会所属)に対して東京地方裁判所に破産手続開始申立てを行い、同日、破産手続開始決定を得ました。同法人の財産等の散逸を防止し、依頼者等の保護を図るために、同法人についての破産手続開始決定を得たものです。

 同法人は、全国を対象に広告活動を展開し、多数の依頼者から過払金請求事件及びB型肝炎事件等を受任していたにもかかわらず、これらの事件を受任したままで業務を停止しました。

 また、当会による調査の結果、回収した過払金等の保管状況に不明な点があり、依頼者に返還することが困難な状況に陥っている疑いがあることも判明しました。

 このような行為は、多数の依頼者に甚大な不利益を与えるものであり、弁護士法人として到底許されるものではなく、当会としても厳粛に受け止めております。

 このため、当会は、同法人に依頼していた方々に対して、案内窓口を特設し、全国の弁護士会にも協力を依頼しながら対応にあたっています。

 引き続き当会は、速やかに事案を解明し、同法人及び代表弁護士等の関係者に対して、懲戒請求をはじめとする厳正な対応を行う所存です。

2020年(令和2年)6月24日

            第一東京弁護士会 

会長   寺 前   隆

 

引用以上

 

 上記の内容から分かることは、一弁はすでに弁護士法人東京ミネルヴァ法律事務所の預り金の保管状況について調査を行ったところ、すでに依頼者に返還できないような状態にあることをある時期には確認していたという事である。なぜ、この預り金についての問題が発覚した時点で一弁は国民に公表し、同弁護士法人に入金などを行わないよう注意喚起を行わなかったのであろうか?確かに破産申し立ても必要である事案であることは理解するが、依頼者救済のためには、東京ミネルヴァにカネを入れても何もしてくれないし、もうそんな能力もないという事実を広く国民に知らしめることが必要であったはずだと思われる。

もし51億円ものカネが溶けていたら、東京ミネルヴァの依頼者らの被害は莫大なものであり、カッパライされた過払い金や依頼者の債権者への弁済金などが、依頼者らに戻ることは基本的には無いと思われる。わずかな依頼者見舞金でお茶を濁して終わってしまう事になる事が予想される。

東京ミネルヴァ法律事務所の財産はおそらく、実質経営者がすでに、そのほとんどを持ち出していると推測され、業務においても昨日お知らせした通り、今年5月にはすでに「移管」についての案内が同事務所の依頼者らになされていたことからも、預り金などの大半は「移管」された弁護士事務所に移されている可能性も高いだろう。そのあたりの問題を「破産」だけで解決できるのかは疑問であるし、管財人が実質経営者に流出させた金銭について否認権を行使しても、すでにカネは逃がされており回収不可能という可能性も強いだろうと思われる。今後、随時破産の進捗や東京ミネルヴァの関係者への訴訟や刑事告訴を提起するのであれば、その状況を一弁は開示するべきであろう。

 

この東京ミネルヴァ関連の登記の変遷を再度確認すると以下のような流れである。

 

・ミネルヴァ特許法律事務所 (個人事務所) 吉野正三郎弁護士

2004年に懲戒処分を受けており、その時の事務所名がミネルヴァ特許法律事務所であり、遅くともこの時点でミネルヴァ特許法律事務所という名称で、弁護士事務所の運営がなされていたことが確認できる。

・弁護士法人ミネルヴァ特許法律事務所

平成19年(2007年)10月1日に東京都赤坂一丁目9番13号三会堂ビル2階を本店所在地として設立された弁護士法人である。採取的に吉野弁護士と同様に学者の竹内俊雄弁護士(第二東京)が代表社員となった弁護士法人。

登記の変遷は以下の登記簿を確認いただきたいが、平成23年12月20日に同法人を脱退した小林一俊弁護士も学者上がりの弁護士であり、竹内俊雄弁護士も学者上がりの弁護士である。

弁護士法人ミネルヴァ_登記簿

登記簿に名前のある、小林一俊弁護士も学者上がりであるが、すでに弁護士登録が確認できない事からお亡くなりになられたと思われる。同事務所もCM等を大量に出稿していたことが、以下の小林弁護士の「弁護士列伝」からも判明している。

【参考リンク】

 弁護士法人ミネルヴァ法律特許事務所  小林一俊先生 弁護士列伝

このインタビューは2010年(平成22年)当時のものであり、この頃は小林弁護士が事務所の「顔」であったのであろう。同弁護士は平成23年12月20日に脱退した。

この小林弁護士の脱退に先立つ平成23年7月19日に、学者上がりの竹内俊雄弁護士が社員として加入。ところが、平成26年7月に竹内俊雄弁護士が業務停止処分を受けこの法人は社員の欠乏を理由に解散となった。

同事務所は平成24年4月5日に設立され、当初の本店所在地は千代田区内神田三丁目13番4号東陽ビル5階である。当初の社員弁護士は平成27年1月6日に亡くなり脱退し、その亡くなる直前の平成26年12月24日に河原正和弁護士(第二東京)が加入している。亡くなった弁護士の脱退の登記は平成27年1月23日、河原弁護士の加入登記は平成27年1月13日であり、亡くなった弁護士の脱退登記の前に河原弁護士が法人に加入した登記がなされている事が分かる。

東京ミネルヴァ登記簿1_

その後、河原弁護士は平成29年8月16日に脱退し、同年10月2日に弁護士法人東京ロータス法律事務所に社員として加入し現在に至っている。

【参考リンク】

 弁護士法人東京ロータス法律事務所 弁護士紹介

何故に河原弁護士が東京ミネルヴァ法律事務所を脱退したのかは分からないが、この河原弁護士の脱退と同時に、現在の代表弁護士である川島浩弁護士が社員として加入したのである。

東京ミネルヴァ登記簿2_

 

 このような流れから分かることは、吉野弁護士の時代はともかくとして弁護士法人ミネルヴァ特許法律事務所のころから、広告を大量に出稿し集客を図っていたことが理解できる。同法人が竹内俊雄弁護士の業務停止処分により解散に至る前の平成24年4月に東京ミネルヴァ法律事務所が設立された事、竹内俊雄弁護士の懲戒処分の要旨によれば、非行の日時が平成23年10月であることから、この東京ミネルヴァ法律事務所は竹内俊雄弁護士に懲戒請求が申立てられ、その内容から処分は免れられないと考えて設立がなされたのではないかと筆者は推測する。

東京ミネルヴァ法律事務所における社員弁護士の登記の変遷も、最初の弁護士は亡くなったわけであるが、上述のとおり登記の日時を考えると腑に落ちない面もある。吉野弁護士の時代から学者上がりの弁護士が「ミネルヴァ」の名を使い、実際に最初の「ミネルヴァ」の名を冠した法人は吉野弁護士の事務所名と同じ「ミネルヴァ特許法律事務所」であったのだから、同弁護士法人の社員弁護士が経営者ではなく、実質的な経営者がおり「ミネルヴァ」の名を使っていたというのが事実であろうと思われる。だからこそ、法人は異なれどもTVなどに大量の広告を出稿して依頼者集めをする手法は変わらなかったのであろうと思われるのだ。今回の東京ミネルヴァ法律事務所の問題にしても、突然社員弁護士一人だけの事務所になり、同事務所の弁護士らの大半は樫塚弁護士の事務所に移籍し、依頼者の「移管」の案内もなされていたわけであるから、同事務所の実質経営者は確実に存在し、その者が「ミネルヴァ」を支配していたことは確実ではないかと思われる。この「ミネルヴァ」を支配していたのは、ヤミ金上がりの弁護士広告屋という情報も寄せられており事実関係を調査中である。

第一東京弁護士会は、会長談話のとおり同法人及び代表弁護士等の関係者に対して、懲戒請求をはじめとする厳正な対応を文字通り行い、代表弁護士を退会命令にして「ハイソレマデヨ」ではなく、この「ミネルヴァ」に関係し、預り金をカッパライした連中全てをキッチリと追い込む必要があるだろう。

 

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