河原乞食の誇りを捨て権力に阿るものこそが本当のバカです 

先の検察庁法改正の審議中に、反対運動がTwitterなどで展開された中でタレントなどが反対の意思を表明した事に対して「勉強してから発言」とか言っている河原乞食の誇りをすて権力に阿る本物のバカがいるようである。

 

【参考リンク】

 鳶の羽 一飯の恩義っていうやつ?

 

安倍や長谷川栄一と何のために会食をしたのかは分からないが、くだらん虚栄心がなければ安倍などと用もないのに会食することはないだろう。まぁ安倍と同じ程度のオツムだということだ。特に松本は安倍と同じく無知無能無教養であるが、インテリのふりをしたいクズ中のクズである。

バカでもアホでも字が読めなくとも教養などなくとも、現代のインターネット社会は自由に情報発信ができるわけであり、「反対しましょう」と誘うことも、その誘いを断ることも大した問題ではないはずである。いちいち誰かに誘われたこと詳細に勉強しなければ何らかの発言ができないというような考え方こそがバカであり、思ったことを躊躇なく発信できるからこそ「バカッター」なのではないかと思う。

わが国は何かというと右と左に分けて考える論調が多く、特にネット上では極めて知性に不自由な「ネトウヨ」という人種が存在することから、何かというと「ネトウヨ」と「パヨク」の罵詈雑言合戦になってしまうわけである。

検察庁法改正において多くの有名人などが反対の意思表示を行った理由はみな同じというわけでもなく、この法案以外の思想信条など分かるわけも無いのであるが、反対した人たちには「反日」「パヨク」のレッテルを張り、安倍に阿り「勉強してから」とかいう連中が「バランス感覚」に優れていると称賛されるわけだからバカバカしいにも程がある。

何をしていようと、意見ぐらい言って問題のあることなどないはずであり、「一度言うとまた期待される」からやらないという暗に有名人が意見を述べることをたしなめるような真のクソバカもいるが、別に一度何か意見を言ったからといっても、政治評論家ではないのだから何かの政治問題があるたびに発言などする必要もないし、興味のあることについてだけ発信を行う事は有名人であっても無くても同じなのである。

何も言わないことが「バランス感覚」とか「処世術」であると称賛することは、物言わぬ人間を作りたいだけなのだろうと筆者が考える。意見が間違ってもいいし、考え方が変わることも当然あるわけであり、そんなことを批判される筋合いなどないわけである。

何かの意見を単純に左右に分けることなく是々非々で考えることができないような粗雑な思考回路は何も生まないし、原発に反対をしても天皇制支持であり黒川のインチキ人事には反対でも安保法制には賛成という、左右にとらわれず個別の事案ごとに賛否を判断するのが普通の人間だと思う。

安倍が問題なのは「法治」を無視した「お友達主義」と、自分にしっぽを振るような川原乞食のご機嫌を取ったり、自分に都合の悪い文書が改竄されようと廃棄されようと一切の責任を取らない事である。「官邸主導」とは、安倍を神輿にした側用人政治であり、さしずめ大老が今井尚哉というところなのだ。

今回の検察庁法改正の頓挫により、安倍の求心力が低下したのは事実であろう。その事実を糊塗するための同法に反対した有名人らを叩く論調はバカバカしく、安倍に阿る誇りを捨てた川原乞食こそが、恥さらしなのである。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中