人間は自然の前には無力です 法律も自然災害の前には無力です 自治体などの管理責任を問うよりも自分たちの判断力を問うべきでしょう

今回の台風19号による大雨などにより被災した方には心よりお見舞い申し上げます。

しかしながら天災を防ぐ手段などあるわけもなく、地震にしても台風にしても津波にしても地道な災害対策と、天災に対する注意喚起ぐらいしかできない事は事実である。

最近は天災による被害が発生すると自治体の管理責任などを指摘し、損害賠償請求などを行う人たちも多いが多い事も懸念される。東日本大震災においても自治体や学校などを訴える人も多いようだが、未曽有の天災の中で学校現場の防災責任を問う気持ちも理解はできるが、そのような法的措置を起こすことには、あまり賛成はできない。なぜなら防災責任は学校だけにあるものではなく、学校に通う児童らの保護者にも多少は存在するわけであり、日ごろから「災害の際にはこうしなさい」と口酸っぱくして言っている人もいないと思うからだ。

多くの天災は「予測不能」であり、災害が発生した際の対策を国や自治体がそれなりに行っている事も事実であり、今回の台風の被害にしても堤防が決壊したり、住宅が浸水した事実はあるだろうが、中世以降絶えず行われてきた河川改良工事は確実に被害の減少に役立っており、関東地域においては特に荒川や利根川の流路の付け替えなどがなければ、大災害になっていた事は確実であろう。

どんな災害においても自治体などの責任が全く無いとは言わないが「天災」の原因が誰にもない事は明らかなので、あまり自治体などに対して訴訟を提起することには感心しないというのが筆者の見解だ。あきらかな瑕疵があったとか、職務懈怠があったのであればともかくとして、防止不可能な天災に基づく災害については「お互い様」という気持ちで助け合いの上で、被災した地域の防災対策を練り直すことが得策なのである。

結局、自治体などを訴えてフトコロが潤うのは一部の弁護士だけであり、被災者の利益にはならず、自治体や学校などの防災対策を委縮させる効果しかないのではないだろうか?

住宅の被災については、災害が予見できる地域を開発した、不動産業者やデベロッパーの責任を追及すべきというのが筆者の意見である。異論もあるだろうが「誰が悪い」と騒いで天災がなくなるわけでもない事は誰でも理解できるはずだ。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中