筆者はほぼお笑い番組は見ない。しかし落語は好きである。落語の人情・艶話・ブラックユーモアは本当に面白い。(今は亡き談志の黄金餅をぜひ聞いてみてください)
だいぶ前に、声が出ないほど呆れると勧められた映画があり、大きなシアターで観客数十人の中で見た映画が自称天才の松本人志監督の「シンボル」という映画である。筆者は感動に震えてこの映画を見たことが忘れられない。映画としてデタラメであるばかりでなく、全く知性のない人間が知性のあるフリをして必死にインテリごっこをした挙句に、ストーリー・映像・構成ともに破綻している見るに堪えない映画であったからである。こんなモノを配給した映画会社に呆れるとともに、この馬鹿を勘違いさせる吉本興業の影響力に慄然としたものである。
顔を見れば一目でゲスとわかる松本が、秘書に暴力と暴言を吐いたことが暴露された豊田真由子議員を擁護するような、松本らしいバカ発言をして被害者を揶揄いたことに弁護士が危惧の念を述べている。
【参考リンク】
パワハラ被害者が録音していることを揶揄する風潮はマズい 佐々木亮弁護士
上記の佐々木弁護士の言説はもっともであり、知性ゼロでもインテリごっこがしたい松本の発言などを、垂れ流す電気紙芝居には大きな問題があるだろう。芸人は自身の芸で勝負するべきであり、偉そうな言説を述べても鼻白むだけであるのであることを理解するべきであろう。
この馬鹿や島田紳助は同じメンタリティを持ち、強いものには媚びへつらい、弱者を揶揄する典型的なクズである。こんな奴らの芸など芸というよりは単なる太鼓持ちであろう。
弱者を叩くことで留飲を下げさせる、芸とは言えないようなバカの言動などを取り上げる電気紙芝居はますます国民から呆れられるとともに、チンピラ的感性の自称「芸人」と呼ばれるバカ集団など何の役にも立たないのであるから、一切の報道から締め出すべきであろう。
芸能とは権力をコケにしても許される道化であり、既存の価値観を相対化することに意味があるのである。タロットカードの「愚者」トランプの「ジョーカー」が芸人の役割なのである。
インテリごっこがしたいが、結局は無知(無恥)無能・無教養をひけらかす松本人志も島田紳助と同様に芸能界から追放されるべきである。