すでに機能していない裁判員制度 継続する意味はあるのか

21日付で産経新聞は「増える裁判員辞退 審理日数の増加影響か きょう施行8年 出席率は過去最低に」として以下の記事を配信した。

 

 21日で施行から丸8年を迎える裁判員制度で、裁判所から呼び出しを受けた裁判員候補者が選任手続きに出席した割合が平成28年は64・8%にとどまり、制度開始以降、最も低かったことが、最高裁のまとめで分かった。選任手続きの前段階などで、高齢であることや仕事を理由に参加を辞退する割合も増加傾向にあり、最高裁は、「出席率低下と辞退率上昇の背景には審理日数の増加などが影響している可能性がある」とする初の分析報告書を発表。陪審制度のある米英の調査にも乗り出す。

 候補者に選ばれても裁判員を務められない理由を伝え、裁判所に認められれば辞退することができるが、それ以外の人には選任手続きへの参加が義務付けられている。

 最高裁によると、21年に53・1%だった辞退率は増加傾向にあり、28年は64・7%だった。選任手続きの出席率は21年には83・9%だった。正当な理由なく欠席した場合は「10万円以下の過料」と定められているが、適用された例はない。

 報告書は、辞退率上昇と出席率低下に影響している可能性のある要因として(1)審理予定日数の増加傾向(2)人手不足や非正規雇用の増加など雇用情勢の変化(3)高齢化(4)国民の関心低下-などを挙げる。

 21年5月の施行から今年3月末までに、7万5827人が裁判員や補充裁判員に選ばれた。判決を言い渡された被告は9821人。うち死刑は30人だった。

 

引用以上

 

 余程の暇人ではない限り裁判員になどなりたくないだろう。最高裁は、心理予定日数の増加や、雇用情勢の変化・高齢化、国民の関心低下などを原因にあげるが、一番の原因は裁判員裁判の判決が、控訴審で破棄されることが多くなったことによるだろう。

「市民感覚」を導入するという裁判員制度の意義からすれば、裁判員らが審議し下す判決が厳罰傾向になることは喜ばしい事であろう。多くの国民は、理不尽な犯罪には厳罰を下すことを希望しているのである。しかしながら、裁判員制度と量刑の均衡・判例主義との整合というのは非常に困難であり、「法律・裁判のプロ」である高裁の裁判官の判断と裁判員裁判の判断は異なる判断となってしまうことが多いのである。

上級審で裁判員裁判の結果が変わってしまうのであれば、裁判員制度の意味などないだろう。一般の国民の感覚からすれば、わざわざ裁判員となって審議をした判決が、簡単に上級審で安い判決になるのであれば、馬鹿らしくて参加する気にもならないであろう。

国民は、理不尽な犯罪や「カネの亡者」どもが引き起こす特殊詐欺などの犯罪や薬物犯などには厳罰を求めているのであるのであるが、このような国民の当然の感情は「法律」や「裁判所」の前に閉ざされるのである。

所詮法律などは、その時の権力者が制定するだけであり、絶対的な真理を含むものであるわけもないし、マルキド・サドのいうとおり革命や混乱時にある時に法律など何の意味もなくなる事は自明である。法律などは時代と共に変わるものであるが、理不尽な犯罪行為をいつの時代も多くの国民が憎んでいる事には変わりはないのである。

話はそれたが、実質的に機能しておらず国民に見限られている裁判員制度は即刻廃止するべきであろう。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中