原発避難訴訟 国と東電の責任を認める 原発を誘致と反対それぞれの利権と思惑の責任もあるはず

読売新聞は「原発避難訴訟、国と東電に賠償命じる…前橋地裁」として17日以下の記事を配信した。

 

東京電力福島第一原発事故で、福島県から群馬県に避難した計45世帯137人が、国と東電に慰謝料など総額約15億円の損害賠償を求めた訴訟で、前橋地裁は17日、国と東電に対し、原告のうち62人に計3855万円の支払いを命じる判決を言い渡した。

 原道子裁判長は、国も東電も巨大津波の到来は予見できていたとして、原発事故で国の責任を初めて認めた。全国で計28件ある同様の訴訟で、判決は初めて。

 裁判では〈1〉国と東電が津波を予見していたか〈2〉国の原子力損害賠償紛争審査会の中間指針に基づく賠償基準が妥当か――が争点となった。

 判決では、国の地震調査研究推進本部が2002年7月に公表した「日本海溝沿いで大津波を引き起こす巨大地震が30年以内に約20%の確率で発生する」などとする長期評価の合理性を認め、「非常用発電機を建屋の上に置くなど対策を取れば事故は起きなかった」と指摘。「安全より経済合理性を優先した」と東電を非難した。国や東電は「確立した知見ではなかった」と主張したが、判決は「長期評価は、学者の見解を最大公約数的にまとめたもので、考慮しなければならない」とした。

 国については、東電へ国の権限で対策を求めていれば事故は防げたと指摘した。国が賠償すべき金額では「国の責任が補充的なものとはいえず、東電と同額と考える」とも付言した。

 一方、中間指針に基づく賠償基準では、避難区域内外で賠償額に差があったが、判決は「賠償額が同じでなければならない理由はなく、その差が(自主避難者の)慰謝料増額の要素にはならない」とし、中間指針の妥当性を認めた。

 その上で、賠償額の根拠となる平穏生活権(被曝(ひばく)の恐怖・不安にさらされず暮らす権利)の侵害の程度を年齢、性別、職業、避難の経緯を個々に検討して金額を決め、支払い済みの賠償金との差額を算出。屋内退避を含めた避難区域の19人、区域外の43人の計62人に1人あたり7万~350万円を新たに支払うよう命じた。

 東電は区域内の避難者には毎月10万円を支払ってきたが、区域外の自主避難者には総額で4万~72万円。原告側は、この格差を問題視していた。

 判決を受け、鈴木克昌(かつよし)弁護団長は「国と東電の責任を同等に認めたのは重要な判断だったが、慰謝料は不十分。(控訴するか)協議したい」と述べた。国は控訴する方針で、東電も「判決を精査し対応を検討したい」とコメントを出した。

 

引用以上

 わが国の原発政策は脱石油という観点から推進され、電力需要に応えるために各地に建設がされてきた。原発の推進には、大きな利権が動くことから与党系の国会議員から地方議員が地域振興を理由に推進を、野党系の議員は安全性の観点から反対を行ってきたが、最終的には「補償」というカネの問題で解決することがほとんどで、野党系議員も「補償額」の吊り上げのために非科学的な事を地元に吹き込んだり、反対のための反対運動をすることが仕事になっていたのである。

今でもそうだが原発絶対反対と騒ぐだけの連中は被曝と被爆を勘違いしている者らも多い。安全の問題をイデオロギーの問題で理解している者が多いという事だ。

反対と賛成のはざまで、利権屋のような連中が東電に出入りするようになる。その代表格が白川司郎であろう。白川は警察上がりの利権政治屋の亀井静香や暴力団の竹内陽一と結託して、東電のカネを吸い上げたのである。原発の管理運営で必要なのは、安全対策とたゆまぬ技術の向上と研究であろう。東電はタカリのような連中にカネを垂れ流すべき出ではなく、安全や技術向上のために予算を使えばよかったである。

今からでも遅くはないから、東京電力はこのタカリ連中に支払ったカネの返還請求を行うできであろう。それが国民及び原発事故被害者に対する義務であろう。

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