忘れられる権利があるなら忘れない権利もあるはず 逮捕歴の検索結果の削除を最高裁が棄却 犯罪を起こしたからこそ検索結果が表示される事実を認識するべき

朝日新聞デジタルは2月1日付で「検索結果削除、高いハードル示す グーグル訴訟」として以下の記事を配信した。

 

検索サイト「グーグル」の検索結果で逮捕歴などが表示されるのは人格権の侵害だとして、男性が削除を求めた仮処分申し立てで、最高裁第三小法廷(岡部喜代子裁判長)は削除を認めない決定をした。

 ネット検索で過去の犯罪歴をいつまでも閲覧されることに対し、ヨーロッパと同様に「忘れられる権利」が認められるか。最高裁はその点への答えは示さなかったが、検索結果を削除するには高いハードルがあるという判断を示した。

 そもそも検索結果は、記事などを情報発信するサイトへのリンクにすぎない。グーグルは訴訟で「機械的に結果を表示しているだけで『表現』ではなく、削除請求は元のサイトにするべきだ」と主張していた。

 だが、最高裁は検索結果について「表現行為の側面を持つ」とし、「現代社会における情報流通の基盤として大きな役割を果たしている」と位置づけた。こうした機能を制約して削除するのは、「プライバシー保護の利益が明らかに上回る場合に限られる」と述べた。従来の出版物をめぐる判例では「明らかに」とまで述べておらず、検索結果の削除は出版物よりハードルを高めたともとれる。

 ただ、ごく軽微な犯罪歴でも繰り返し検索され、不都合を受ける人はいる。具体的に「どんな場合に削除が認められるのか」は、今後の判例の蓄積に委ねられる。検索事業者自身や、利用者である市民の側も、表現の自由とプライバシーのバランスをどうとるか、議論を深める必要がある。

 

引用以上

 

 忘れられる権利というものが筆者には理解できない。それは犯罪行為を犯した者の権利ではなく、忘れることは被害者の感情に基づくと思うからである。

今回の最高裁の決定は妥当な判断であろう。犯罪者の逮捕歴が表示されるのは事実に基づく結果でしかなく、その原因は検索結果に表示されるものが起こした犯罪行為が存在するからである。人格権の侵害というなら、犯罪行為は被害者の人格権を侵害していなかったのか、よく考えてほしいと誰でも思う事であろう。

いつも述べるように、犯罪者の人権よりも犯罪被害者の人権が尊重されるべきであることは、当然のことであろう。過去の自分の過ちが検索結果に表示されることは、自分が引き起こした行為の結果なのである。その責任は検索サイトなどにあるはずもなく、自分の責任でしかないことを、よく理解するべきであろう。

“忘れられる権利があるなら忘れない権利もあるはず 逮捕歴の検索結果の削除を最高裁が棄却 犯罪を起こしたからこそ検索結果が表示される事実を認識するべき” への2件のフィードバック

  1. こんなことより
    自分がどれだけ更正したかを伝える権利を主張したらよろしいのでは?
    過去で判断する人もいればあなたの現在で判断する人もいます
    「過去の犯歴を消したい人物」はどこで今何をしているのでしょうか。

    「忘れられる権利」とは「世間を認知症にさせる権利」ではありません
    誹謗中傷する人がいるのであれば弁護士は動いてくれるでしょうが
    事実であればどうすることもできません

    いいね

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