飽くなきカネへの執着 人を殺してまで地面でカネを稼ごうとする者たちは既に地獄に墜ちています

真珠宮ビルが公売で落札されたそうだ。まぁ公売の代金が納付されなければ、それまでの事ではあるが、今までは必ず誰かしらが税金を支払い公売は、そのたびに中止になっていたのであるが、今回は最後まで行ったという事だ。

様々なインターネット上の媒体が報じているとおり、この真珠宮ビルの売買に関する噂話は多く、元国会議員や弁護士・事件屋・地面師・詐欺師を巻き込んで、様々な形で「手付金」の詐欺事件も多数発生していたようである。

新宿駅前の一等地という事もあり、様々な思惑から購入を図ろうとした者たちも多いようであるが、憚りながらこの土地をめぐり暴力団が暗躍でなく表に立って人殺しまで行われたのであるから、余程の覚悟で無ければこの土地を買おうとは思わないはずだ。

最終的にはJR東日本が買うというヨタ話もだいぶ流通していたが、コンプライアンス上そんなことは無いだろう。この土地が一等地であっても、いかなる銀行もこの土地に対してはカネを出さない事でも分かるだろう。だからこそ「金主」がカネを出すという事件屋・ブローカーがうごめいていたのである。

もしこの土地で、大儲けをする人物がいるとしても、諸行無常のこの世の中では、偏に風の前の塵に同じなのである。カネを持って死ねるわけではないのである。理解が出来ない方々は、明治大正期の成金たちの悲喜劇を描いた紀田順一郎の「カネが邪魔でしょうがない 明治大正・成金列伝」でも読むのもいいだろう。

 

カネが邪魔でしょうがない 明治大正・成金列伝

 

カネの為なら人殺しも厭わない、どこかの国の伯爵様には、以下の聖書(ルカ 12.13「愚かな金持ち」のたとえ)の一節をよく考えてほしい

 

13群衆の一人が言った。「先生、わたしにも遺産を分けてくれるように兄弟に言ってください。」

14イエスはその人に言われた。「だれがわたしを、あなたがたの裁判官や調停人に任命したのか。」

15そして、一同に言われた。「どんな貪欲にも注意を払い、用心しなさい。有り余るほど物を持っていても、人の命は財産によってどうすることもできないからである。」

16それから、イエスはたとえを話された。「ある金持ちの畑が豊作だった。

17金持ちは、『どうしよう。作物をしまっておく場所がない』と思い巡らしたが、

18やがて言った。『こうしよう。倉を壊して、もっと大きいのを建て、そこに穀物や財産をみなしまい、

19こう自分に言ってやるのだ。「さあ、これから先何年も生きて行くだけの蓄えができたぞ。ひと休みして、食べたり飲んだりして楽しめ」と。』

20しかし神は、『愚かな者よ、今夜、お前の命は取り上げられる。お前が用意した物は、いったいだれのものになるのか』と言われた。

21自分のために富を積んでも、神の前に豊かにならない者はこのとおりだ。」

 

ありあまるカネがあっても、人の命はカネではどうすることもできないし、人殺しをして金儲けをしても、死ぬときには死ぬのである。すでに生きながらにして、猜疑心と飽くなき欲望などの地獄の業火に焼かれているが「カネの亡者」である。いくらカネがあっても、安心できず犯罪行為を重ね挙句の果てには人殺しをするのである。

こんな「カネの亡者」と手を組む、弁護士や司法書士たちも数多く存在する。「品位」「理念」が高度に求められる職業人と「人殺し」の「カネの亡者」を、結ぶものは「カネ」だけである。立派な家を建てたり、高級車を乗り回したり、若い愛人を飼ったり素晴らしく充実した人生をお送りになられている「カネの亡者」の皆様でしょうが、猜疑心と欲望にまみれた生活は楽しいですか?とお聞きしたい。

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