相変わらずの日弁連の政治的主張 覚悟無き題目のような空疎な意見よりも弁護士不祥事の防止活動を

相変わらず日弁連執行部は、自分たちの価値観を国民に押し付けたいらしい。以下のような政治的な決議や会長声明を続けて発表している。

 

安保法制に反対し、立憲主義・民主主義を回復するための宣言

 

オバマアメリカ合衆国大統領の広島訪問に関する会長談話

 

 筆者も無教養丸出しの安倍総理は全く評価していないが、日弁連という弁護士自治を統括する組織が、あたかも会員の総意のように「宣言」を公表し、オバマ大統領の広島訪問を契機に、核兵器のない世界を目指した具体的な行動を期待したいという紋切り型の空疎なメッセージを発することは大いに疑問である。

民主主義の回復というが、本当に民主主義という制度が最善の統治形態なのかも議論もなく、立憲主義というが、日本国憲法の問題点についての視点や議論は全くない。

またオバマ大統領の広島訪問により、核兵器のない世界を目指した具体的な行動をというのであれば、日弁連はどのような行動を期待しているかぐらい内容を示すべきなのである。逆説的ではあるが核兵器の撲滅のためには戦争が一番有効なのである。ならず者国家の現代の東洋専制君主王朝である朝鮮民主主義人民共和国にまともな「対話」ができる筈がないのは事実だ。金王朝の核を叩き潰すには、金王朝の当主を放伐すべく戦争を仕掛けて壊滅的な打撃を与え、核兵器をすべて破壊するのが最も現実的なのである。

オバマ大統領の広島訪問は確かに画期的な事であり、オバマ大統領が謝罪しないことはある意味当然ではあると思うが、「法治」という事について日弁連はオバマ大統領に「人道としての罪」や「司令官の責任」により戦争を裁いた極東国際軍事裁判の不公正な判断を問うべきなのではないのであろうか?

【参考文献】

山下裁判〈上〉

 

この山下裁判を読むと、弁護人の真摯な姿勢や法を遵守し裁判手続きをさせようとする姿勢がよく理解できる。自分の国と闘った相手の軍人を真摯に弁護するリールの行動には胸を打たれる人も多いはずだ。

 

日弁連執行部は、どこまでの覚悟で「宣言」や「談話」を出しているのであろうか?憲法に保障された言論の自由は「安保法制賛成」という言論の自由や、「戦争賛成」「核武装賛成」と述べることの言論の自由も保障するはずだ。また「民主主義」に反対する言論の自由も保障するだろう。

日弁連の執行部にはよく「民主主義」とか「自由」という意味を考えてほしい。マルキド・サドは自由とは「戯れに人を殺す自由」が真の自由であると述べている。民主主義とはマスヒステリアを生み出す母胎であり、ヒトラーやマクシミリアン・ロベスピエールを誕生させたのは間違いなく民主主義なのである。究極的な自由とは、サドの述べるとおりであろう。

日弁連には何の考察もない空虚な「声明」「談話」を出すよりも、弁護士不祥事の防止に力を入れて頂きたいと筆者は考えている。

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